着丼の音で、もう分かった。丼が木のカウンターに置かれる、こと、という低い音。スープが波打たない。表面に張った鶏油の膜が、照明を一枚の飴色のガラスにして返してくる。
湯気に顔を近づけると、香りが順番に来る。最初に煮干しの鋭いところ、半秒遅れて醤油の焦がした甘さ、最後にほんの少しの柚子。三段目でこちらの唾液腺はもう降伏している。
レンゲでまず一口。熱い。熱いのに、飲み込んだ喉の奥で旨味だけが残って、輪郭がいつまでも消えない。鶏と煮干しの出汁が二枚重ねになっていて、塩気はその二枚を留めるホチキス程度にしか使われていない。だから飲める。際限なく飲める。
麺を持ち上げる。中細のストレート、断面がわずかに角ばっていて、その角にスープが乗って上がってくる。すすった瞬間、小麦の香りが鼻から抜けて、噛むと外はしなやか、芯にだけ鉛筆の芯ほどの歯応えが残してある。加水率の設計に人格を感じる。
チャーシューは肩ロースの低温調理で、箸で持つと自重でたわむ。スープの熱で縁の脂が半透明になったところを頬張ると、肉の繊維がほどけながら、脂の甘みが醤油ダレを連れて歯茎の裏まで広がる。ここで白飯がないことを一瞬恨み、次の瞬間には麺があるからいいのだと思い直す。
メンマは繊維に沿ってさっくり折れ、海苔はスープに浸して麺に巻くための燃料。半熟味玉は黄身が蜜のように傾いて、割った断面を丼の縁で受け止める作業に、店内の全員が無言で集中している。
終盤、丼を両手で持つ。行儀の話は後にしてほしい。最後の一滴が喉を通ったあと、丼の底に「灯」の一文字。
店を出て三歩目で、もう次にいつ来るかを考えていた。世界一かどうかは知らない。ただ、これを食べている十二分間だけ、他の全部がどうでもよかった。それを世界一と呼ばずに何と呼ぶのか。