父の携帯には八十九件の連絡先が入っていた。半分以上、私の知らない名前だった。
通夜の連絡は、親戚のぶんは母が電話でかけ終えていた。残りは父の友人と仕事関係で、母はそちらをほとんど把握していなかった。「お父さんの電話に入ってる人に、まとめて送っといて」と言って、母はまた台所に立った。忙しくしていないと、母はだめだった。
折りたたみの古い端末は、まだ充電が残っていた。アドレス帳を開くと、「釣り・田村」「同期タカハシ」「山本さん(タイヤ)」と、名前に用途を添えて登録してあった。タイヤがなんのことかは、もう誰にも聞けない。
新規メールを開いて、宛先を選んでいく。全員に同じ文面でよかった。父は電話の人で、メールはろくに打たない人だったから、この端末から長い文章が送られるのは、たぶんこれが初めてになる。
「父」と書こうとして、「ち」を押した。変換候補の一番上に「ちゃんとくってるか」と出た。
指が止まった。消して、打ち直した。
葬儀の文面はだいたい決まっている。「かねてより療養中のところ」──「か」を押すと、「からだにきをつけろ」が先に出た。
私はいったん端末を閉じて、湯呑みの茶を飲んだ。台所で母が鍋をかき回す音がしていた。
開き直して、続きを打った。文面はなるべく定型で、短くした。通夜と告別式の日時、斎場の名前、喪主は母であること。末尾に「ご連絡は息子の携帯まで」と自分の番号を添えるとき、「む」を押した。「むすこ」より先に、「むりはするな」が出た。
送信済みフォルダに、素っ気ない数行しか残っていないのは知っていた。「米おくった」。「正月は帰るのか」。だからこの候補の並びが何なのかは、考えれば分かることだった。私は考えないことにして、宛先を選び終え、送信を押した。
送るのに、少し時間がかかった。この端末が一度に運んだことのない量の言葉だったのだと思う。
夜、弁当の手配やら何やらをしているあいだ、父の携帯は畳の上で何度も震えた。返信だった。知らない名前の人たちが驚き、悼み、なかには「山田がこんな長いメールをよこすから、何事かと思った」と書いてくる人もいた。
一件ずつ、「息子です」と返した。「む」を押すたび、先にあれが出た。そのたびに私は、一段下の「むすこ」を選び直した。
返事は明け方までに三十いくつ来た。父は、思っていたより返事をもらえる人だった。
全部に返し終えて、端末を充電器に挿した。待受の柿の木が少しのあいだ灯って、消えた。